二階の部屋


脚本家のTさんの幼い頃の体験である。
Tさんの住んでいた家は、屋敷というほどではないが、それでも築百年はたとうかという古い家であったという。
造りが古いだけに、夜になると独特の闇が家の中のあちこちに出来る。そんな闇が怖くて、幼いTさんは両親の留守の日など家にいられなかった。
特におぞましい空間が一カ所あった。L字型に曲がっている長い廊下。夜中に便所に行く時は、その真っ暗な廊下を通らなければならないのだ。そしてそこを歩くたびに、今日こそは怖いものを見てしまうのではないかと、いつも怯えていた。

ある夜、便所に行きたくなって廊下を歩いた。ツッとL字の廊下を曲がった途端、見たのだ。突き当たりの廊下の壁にぼわっと浮かぶ白い顔。
「あっ!」と思ったがその後の記憶がない。気がついたら父親に抱き起こされていた。頬をパンパンたたかれて「大丈夫か!」と揺り動かされる。生まれてはじめての失神だった。
やがてあの時見たものは何だったんだろう、という好奇心が芽生えた。その白い顔が浮かんだ場所は納戸になっていて、奥には入れなかったのだ。

実はTさんは、この家にまつわるもうひとつの疑問があったという。
Tさんの家は、外から見ると二階建ての建物なのだが、その二階に上がる階段がない。当然二階は雨戸を閉め切って、まるで廃屋である。家族は一階部分だけに住んでいて、その二階についてはまったく触れようともしないのだ。
ある日、その納戸が気になって調べてみた。荷物を出してみると奥から二階に通じる階段がでてきた。上がろうとしてみたが、階段の突き当たり、一番上の部分は板が釘で打ちつけられて塞がっている。不思議に思った。隠されていた階段。使っていない二階。これはいったい何なのだ。

そのうち、妹が大きくなったので子供部屋を作ろうということになった。この時二階を改築しようという話になった。大工が来て、その階段から二階へ上がるという。Tさんはその後ろについて上がった。
はじめて見る二階の部屋……。
そこには前に住んでいた人たちの生活の痕跡が、そのまま残っていた。
散らかっている。屏風が立てかけてあり、卓袱台(ちゃぶだい)には食器がのっている。布団も敷いたままだ。布団は誰かが抜け出たまま蝉の抜け殻のように膨らんでいる。
(こんなところの下に、今までずっと住んでいたのか)と思うと、Tさんはまたゾッとしたという。

この家は、もともとT家のものではなくて、Tさんの両親が新婚当時に移り住んだものだそうだ。その時から二階は使っていなかったという。
たまに、「以前ここに住んでいました」という人が訪ねてきていた。
老人で、庭先に立って懐かしそうに二階を見上げている。
「どうぞ中へお入りください」と家の者が勧めても、決して上がろうとはしなかったそうだ。
いったい、あの二階で何があったのか、Tさんは今もって知らないという。ただ、今もTさんのご両親はそこに住んでいるのである。

(第四夜 20話)


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